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有古ニュース  2007.6


■弁理士 下村裕昭
(兵庫県発明協会発行IPR誌2006.12月号に掲載されました)

特許権に基づく損害賠償請求 --- 原告からみた主張立証活動 ---

1. はじめに

 権利侵害時の損害賠償については民法709条に「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠 償する責任を負う」と規定されている。この条文の要件のうち、侵害者(被告)の侵害行為と特許権者(原告)の損害との間の「相当因果関係」に関する立証が 困難であるために、実施料相当額しか賠償されない場合があった。これでは、侵害者にとっては事後的にライセンス料を支払うことと変わりがなく、実質的には 「侵害し得」であるといえる。特許法102条には原告の立証負担を軽減する特別規定が設けられているが、旧特許法102条1項(現2項)による損害額の推 定規定では、被告利益を基準に損害額を算出するため、被告利益が低額である場合に適切な賠償額が得られないという問題が生じてしまう。
 一方、海外に目を向けると、米国では1982年に連邦巡回控訴裁判所(CAFC)が創設された当初、判決において、他人の特許の存在を知った者は特許を 侵害しないよう行動する積極的注意義務を負うと判示し、これを怠り侵害行為を行った者には悪意の侵害として所謂3倍賠償を課すこととした。このように米国 では懲罰的に高額な賠償額を認めることで、プロパテント政策を強化して国内経済の復興に結び付けた。
 そのような流れの中、我国では平成10年改正により以下の現特許法102条1項が創設された。
【特許法102条1項】
 「特許権者が故意又は過失により自己の特許権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為 を組成した物を譲渡したときは、その譲渡した物の数量に、特許権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて 得た額を、特許権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において、特許権者が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当 する数量を特許権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。」
つまり、現特許法102条1項に基づく損害賠償額は、簡単に言うと [被告の譲渡数量]×[原告の単位数量あたりの利益額]で算定される。このように原告利益を算定に用いることで、原告のビジネスモデルを基準とした高額な 損害賠償が認められる事件も現れることとなった。
 ところが、我国の特許裁判では民事訴訟法に基づいて弁論主義による審理が行われるため、裁判所は原告が主張立証しない事実については判決の基礎とするこ とができず、賠償額の最大化は原告の訴訟活動に依存する。即ち、特許法102条の要件には解釈上の論点が複数存在し、訴訟代理人の主張立証活動の如何によ り賠償額の大小が左右されることとなる。そこで、本稿では、主として102条1項の要件で実務上特に重要と思われるものについて原告の視点から整理してみ ることとする。

2.「単位数量あたりの利益額」について

 特許法102条1項に規定された要件のうち「原告の単位数量あたりの利益額」を原告が主張立証するにあたり、原告企業において知財部門と経理部門の連携 が不可欠となるが、単に「利益」といっても、経理部門は損益計算書(P/L)でいう「粗利益」「営業利益」「経常利益」「純利益」などの数ある利益の何れ を求められているのか困惑することとなる。従前の裁判例を覗いてみると、特許権者の「逸失利益」については平成10年改正前から「粗利益」か「純利益」か が議論されているが、古い判決の多くが「純利益」という用語を用いており、その算定過程において、粗利益から販売費や一般管理費その他の費用を控除した額 を「純利益」として明示している判決がある(大阪地判昭62年8月26日、東京地判昭63年4月27日etc)。
 しかし、純利益を逸失利益とみなすと、現実の損害よりも過少に評価される可能性が高い。なぜなら、たとえば原告が100個の製品を販売し、被告が200 個の侵害品を販売したケースを考えてみると、被告の侵害行為がなければ原告は100個の製品を販売した後、さらに101~300個目の製品を販売できたは ずである。そして、広告宣伝費、給与(労務費除く)、地代、家賃などの販売費及び一般管理費の多くのものは、製品を100個製造販売しようが、300個製 造販売しようが、支出額に変動がない固定費となる場合がある。そうすると、逸失利益の算定にあたり、これら固定費を101~300個目についても控除する 純利益論を適用すれば、現実よりも過少な損害額が算定されてしまう。
 そこで提唱されたのが限界利益説である。近年の裁判例では、「単位数量あたりの利益額」について、侵害がなければ増加すると想定される販売数量の単位あ たりの売上額から、それを達成するために増加すると想定される費用を単位あたりに割り付け控除した額(限界利益額)を、「得べかりし利益」として認定する ものが現れている。

 以下に、限界利益説を意識した裁判例を列挙すると、①開発費はいったん製品を開発してしまえば追加的に必要となるものではなく、宣伝広告費も製品の販売数 量の増加に応じて追加的に必要となるものではないことを理由に、その控除を認めなかった判決(東京地判平14年4月16日)や、②売上額を達成するために 増加すると想定される費用のみを控除すると認定した判決(東京地判平14年3月19日)や、③売上原価率35.9%と一般管理費中の固定費を除いた変動費 率26%を控除した38.1%をもって原告製品の利益率と認定した判決(東京地判平12年3月24日)などがある。
 つまり、限界利益説における「単位数量あたりの利益額」は、売上の増減に伴って増減する変動費(仕入高、荷造運賃、販売手数料etc)のみを売上高から 控除して求め、売上高の増減に影響を受けないで固定的に発生する固定費(役員報酬・給与、賃借料、支払保険料、減価償却費、支払利息etc)は控除しな い。後述する同項但書きによる控除があるにしても、原告としては、利益額の増加につながるよう変動費/固定費の振り分け作業を適切に行い、訴訟の初期段階 では大きな利益額を主張立証すべきである。そもそも、102条1項には「侵害の行為がなければ販売することができた物の・・」と規定されており、本項の 「利益」について増産時に追加的に要する費用のみを売上高から控除して得られる利益であると解すべきなのは当然といえ、今後この傾向は定着してゆくものと 思われる。

3.「販売することができないとする事情」について

 (1)控除分に対する賠償額の補充
 特許法102条1項但書きには「特許権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除する」との規定があ る。この例外規定については被告が立証責任を負担するが、これによる控除を肯定的に認めた裁判例を以下に列挙すると、①他に競合製品(侵害者の非侵害品を 含み、特許権者の製品は含まない)があるという事情を考慮した判決(大阪地判平成12年2月3日)や、②被告を除く全発売元の販売数に対する原告以外の発 売元の市場占有率に相当する数量については、被告の侵害行為がなくとも他の企業が販売し、原告は販売できないという事情を考慮した判決(東京地判平12年 6月23日)や、③特許権者の製品(約7万円)と侵害者の製品(1500円~1万円)との間の価格差が大きいことを考慮した判決(大阪高判平14年4月 10日[複層タイヤ事件])などがある。
 控除の是非に関する論点はおいておき、さて原告の視点からみた場合に、102条1項但書きにより控除された部分については損害賠償を断念するしかないの であろうか。この点で興味深い裁判例として、上記した複層タイヤ事件判決(大阪高判平14年4月10日)では、「販売することができないとする事情がある として、その部分に関しては同法102条1項による請求ができないが、この部分についても、無許諾の実施品であることに変わりがないから、102条3項の 相当な対価額の賠償請求は認められるものと解される」と判示されている。即ち、102条1項但書きでは、事情に相当する「数量」に応じた額を控除するが、 その数量については侵害行為が許容される訳でなく補充的に実施料相当額の損害賠償が認められることがある。なお、この裁判例では原告が102条3項の予備 的主張を行っていたが、102条1項のみの主張立証活動を行っていた場合、裁判所が控除数量について102条3項の適用を職権で審理することは弁論主義の 建前から許されず、実施料相当額で補充した損害額が認定されることはない点に留意する必要がある。
 (2)実施料相当額の解釈
前掲の複層タイヤ事件では実施料相当額として、被告の売上高に実施料率3%を乗じて得た額を算出している。しかし、「被告の売上高」を基準にして実施料 相当額を求めることで、果たしてあらゆるケースにおいて原告の「逸失利益」が算定できるといえるのであろうか。原告と被告のビジネス戦略が大きく相違し、 被告製品が原告製品に比べて著しく廉価に販売されていた場合、実施料率を乗じる対象を低額な被告の売上高とすると、原告にとって不合理な賠償額が認定され ることが予想される。例えば、被告が製品本体を廉価販売して消耗品の利益を高額に設定する戦略を採るケースなどが想定されるだろう。勿論、被告製品の単位 あたりの売上高が低額な分は被告の販売数量が増加することでうまくバランスがとれる場合もあろうが、当該製品分野の需要者数に限りがある場合や、被告の生 産能力が不十分である場合には、やはり不合理な感は否めない。
 ビジネス環境が多様化した現在において個別具体的な解決を図るためには、通常の契約によって合意される実施料率よりも高い料率に基づく金銭の額を認定す ることで対処してもよいだろうし(東京高判平15年7月18日)、あるいは実施料率を乗じる対象を[原告製品の定価]×[被告の販売数量]とすることが妥 当する場合もあり得るかもしれない。102条3項は平成10年改正により「通常受けるべき金銭の額」から「通常」の文言が削除されたが、単に被告の現実の 売上高に対する実施料率とすると、それは民法709条によっても容易に請求できるものであり、3項独自の存在意義がなくなるとの指摘がある。3項の実施料 率を許諾先の予想販売価格(つまり、定価)に乗じるものとして、被告の値引販売による賠償額の減少を防いだ裁判例もあるが(東京高判平10年6月18 日)、これも「通常」の文言が削除される改正法施行前の事件であり、被告の予想定価自体が廉価である場合には合理的な解決は図れないであろう。

4.おわりに

 物的資源に乏しい我国では、モノづくりで培った知的資源を活用して政府主導のもと知財立国を合言葉に国際競争力の強化を目指している。そのためには、個 々の知財訴訟においても裁判所及び代理人がこれと整合した事件処理を行い、高額な損害賠償により権利者の十分な保護を図るとともに、プレーヤである各企業 が自身の知財リーガルマインドを向上させる必要がある。従って、企業は防衛目的の特許出願に終始するのではなく、自社権利が侵害された場合には弁護士や弁 理士などと協力して毅然たる態度で挑まなければならない。そのためのインセンティブとして、特許法第102条に基づく損害賠償の高額化の動きを加速させ、 裁判所や代理人も正当な権利行使を後押しするよう権利者保護に努めるべきである。近年、特許庁で有効と判断された特許権が知財高裁で無効とされる事例が相 次いでいるが、特許権者は自社権利の有効性を事前確認したうえで恐れることなく権利主張してゆくことが知財先進国に相応しいと思われる。

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