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有古ニュース  2007.7


■弁理士 中尾優
(兵庫県発明協会発行IPR誌2006.11月号に掲載されました。古くなりまし たが、各方面のご関心に応え掲載致します。)

「知的財産推進計画2006」から考える知財立国の行方

1. はじめに

 日本の知財政策は大きく動き始めている。政府は、2002年に「知的財産戦略大綱」を制定し、知的財産基本法を制定するとともに、知的財産基本法に基づ いて知的財産戦略本部(以下、戦略本部という)を構成して毎年「知的財産推進計画」(以下、推進計画という)を策定し、いわゆる“知財立国”を目指して国 のかたちを作ろうとしている。2003年に最初の推進計画が策定され、本年6月には、第2期のスタートとして、「知的財産推進計画2006」が策定され た。本稿では、この「知的財産推進計画2006」を俯瞰しながら、政府の知財立国の行方を検討してみたい。

2.知的財産戦略本部の成功

 最初の推進計画2003では、約270項目の施策が盛り込まれ、次年度の推進計画2004では、約400項目の施策が盛り込まれ、昨年の推進計画 2005には、約450項目の施策が盛り込まれており、知財関連の施策数は増加の一途であった。また、知財関連法は知的財産基本法の制定以来3年間に22 本が成立している。この施策数や法令の多さは、戦略本部の成果であるが、こうした施策が次々と生じてくる要因の一つには、推進計画が知的財産の創造、保 護、活用の好循環を加速することを柱にして、各工程における施策や法規の拡充を各省庁に展開させている行政手法にある。つまり、これらの施策や法令は、戦 略本部の事務局から法務省、財務省、文科省、農水省、経産省等の各省庁にツケ出しがなされ、そのツケに対する各省庁の回答によって構成されてきている。各 省庁にとっても、単にツケを出されて何の御利益がないというわけではない。このツケ出しは戦略本部でとりまとめられた推進計画としてオーソライズされてい るので、総理以下財務大臣も了承した内容となっている。推進計画に記載されている施策に要する予算措置は財務省も認めざるを得ないという状況となり、推進 計画は各省庁にとって予算獲得の“錦の御旗”的存在となっているのである。
 当初、戦略本部の事務局は内閣府に構成するという案であった。すなわち、官房長官の下に置く、あるいは特命担当大臣の下に戦略本部の事務局が構成される 案であった。特命担当大臣を設けると組織的には本腰で取り組むかのように外部からは見える。しかし、著作権法、特許法等知財関連法規は既に各省庁にて分掌 されているので、特命担当大臣の下の組織に実権はほとんどなく、却って省庁間の権限争いを煽るおそれがある。むしろ、各省庁に実権を委ねた現行組織に対 し、トップダウンの指揮命令系統を構築することが効率的であり、実効性があるように思われる。官邸に設置された戦略本部は、行政機構を複雑化させずに、総 理からのトップダウンの指揮命令系統を構築することができている。こうした戦略本部の制度設計が知財立国への政策推進の成功に貢献しているように思われ る。

3.知的財産推進計画の成果

 推進計画は、権利別ではなく、知的財産の創造、保護及び活用のサイクル工程毎に整理されている。ともすれば行政機関に沿って権利別の縦割りに構成されが ちであった従来の施策が、横串を通されたように整理され、従来は見えなかった政策課題が明確に見えるようになった。現在までの主たる成果は以下の通りと なっている。
(1)創造分野
全国各地の大学には、知財本部や技術移転機関(TLO)が設置され、大学等の研究成果を権利化し、民間に移転する体制の整備、すなわち産学連携の仕組み が進化した。
 大学等の国内特許取得件数、特許実施許諾件数、実施料収入、大学発ベンチャー数のいずれも大幅に増加し、学術部門でも知的財産への関心が向上した。
特許法の職務発明規定が改正され、産業分野での発明成果の取り扱いがより明確化した。
(2)保護分野
知的財産高等裁判所が設置され、知財に関する司法判断の体制が拡充した。
特許審査迅速化・効率化のための行動計画の策定や任期付審査官の大量採用の開始により、審査期間短縮に向けた体制整備が進んだ。
 不正競争防止法が改正され、他人の営業秘密を不正に取得、使用又は開示した者に対する罰則が設けられた。
関税定率法の改正により、模倣品・海賊版の水際での取締りが強化された。
(3)活用分野
 信託業法の改正により、知財権が受託可能財産になるとともに、信託の担い手が株式会社に拡大された。
 都道府県において知財戦略の策定が進むとともに、全国9ブロックで地域知財戦略本部が整備された。
(4)コンテンツ分野
 「コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律」(コンテンツ促進法)が制定され、コンテンツの創造、保護、活用の促進に関する基本理念が定めら れた。
 エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク(映像、音楽等の著作権を専門とする弁護士のネットワーク)や映像産業振興機構が設立された。
 地域団体商標制度の創設、民間による食文化研究の推進、官民挙げたファッションの振興が日本ブランドの構築に向けて始動した。
(5)知財人材の育成分野
 知財人材育成の総合戦略が取りまとめられた。
 法科大学院や知財専門職大学院が設置され、教育体制の充実が図られた。
 弁護士知財ネットや日本弁理士会のアクセスポイント等の人材ネットワークも形成された。

4.知的財産推進計画2006の目標と重点施策

 推進計画2006では、2006~2008年の3年間を第2期と位置づけ、この第2期において、「創造、保護、活用、コンテンツ、人材の各分野におい て、世界でトップクラスとなることを目指して改革を行い、全体としても世界で最先端と言える知財制度を実現する。」という目標を掲げている。
 具体的には、創造、保護、活用、コンテンツ、人材の各分野において、制度の整備状況と利用状況、その利用により生み出された経済的・社会的成果などをで きるだけ定量的に国際比較し、日本の知財制度の強みと弱み、改善すべき点を見つけ出し、新たな課題に的確に対応していくとしている。
 こうした方針の下、推進計画2006において整理され取り上げられた施策数(要は、各省庁へのツケ出し)は370であり、そのうち、特に重要と考えられ る施策は以下の通りとなっている。
(1)創造分野
 創造分野では、大学知的財産本部・TLOの一本化や連携強化、大学等に対する特許料の減免措置の拡充、大学等の外国出願経費の支援、特許公報データへの アクセス性の改善、日本の大学と外国の産業界との産学連携の強化、国が発注するソフトウェア開発事業における受託者側への知財権の帰属の6つの施策が列挙 されている。これらの施策のうち最後の施策を除く5施策は日本の大学における知財創造活動への支援施策であり、大学での知財創造を活性化させたいという意 識が表れている。
 特に、大学知的財産本部・TLOの一本化や連携強化は両者間の意思疎通を改善することによって、より効果的な発明創造への体制が整うことを期待している ようである。
(2)保護分野
 保護分野では、特許審査の順番待ち期間の短縮、IPDLの性能改善、日本企業の海外出願促進、先使用権が活用しやすい環境整備、農林水産業における知財 活用促進、サーチ・審査結果の相互利用の促進等日米欧三極特許庁間における協調促進等7つの施策が列挙されている。
 このうち、特許審査の順番待ち期間の短縮は、2008年には29ヶ月台、2013年には11ヶ月にするとの目標が掲げられている。推進計画は毎年のロー リング計画であるので、こうした数値目標自体は来年以降の推進計画において変更される可能性もあるが、審査待ち期間短縮に向けた取り組みが継続的に行われ ることには変わりはない。
 また、日米欧三極特許庁間における協調促進は、究極のゴールを世界特許制度として、各国毎の審査を徐々に統合してゆこうという取り組みである。

 ここで、特に注目されるのは、日本企業の海外出願の促進である。具体的な施策を今後打ち出してゆくという状態であるが、その問題意識は、添記のグラフか らも明かであり、日本企業の特許出願は欧米に比べて国内偏重となっている。欧米では、国際的に通用する発明に対して特許出願をする価値を感ずる傾向が強い ものとも思われる。あるいは、特許出願は国際的に行わなければ意義が乏しいと考える傾向が強いのかもしれない。これに対して、日本は、権利化の可能性のあ る発明は特許出願する価値を感ずる傾向が強いものと思われる。別の見方をすれば、発明の特許出願を迷った場合において、欧米では発明の開示による模倣のリ スクをおそれて特許出願を見送るのに対して、日本では他者の権利化による事業妨害のリスクをおそれて特許出願をしておく、という行動パターンの相違がある のかもしれない。

 しかし、日本企業の海外出願の促進は、単純に欧米の特許出願動向を見習おうという意図だけではない。推進計画2006では特許出願による技術流出のリスク の懸念の文脈から先使用権の活用の施策が打ち出されている。また、戦略本部の荒井事務局長は特許審査の順番待ち期間の短縮の文脈から「“取り敢えず出願” を減らそう」と呼びかけている。両者は、日本企業の海外出願の促進に符合する施策であり、これら3つの施策は発明の開示による模倣のリスクを日本企業に注 意喚起させる点で共通している。今後、発明の開示による模倣のリスクを訴える政府の姿勢は強まるものと思われる。
 さらに、保護分野では、模倣品・海賊版対策として、模倣品・海賊版拡散防止条約の早期実現、模倣品・海賊版の個人輸入・所持の取り締まり強化、インター ネットオークション上の模倣品・海賊版の取引防止の3つの施策が列挙されている。
(3)活用分野
 活用分野は、知的財産を戦略的に活用する施策、国際標準化活動を強化する施策、中小・ベンチャー企業を支援する施策、知的財産を活用して地域を振興する 施策の4つに大別されている。
 知的財産を戦略的に活用する施策では、企業における最高知財責任者(CIPO)や知財担当役員の設置の奨励、特許・ノウハウライセンス契約に関する独禁 法上の指針の改訂、ソフトウェア間の相互運用性と特許権との関係整理が列挙されていて、主として企業活動面における知財活用の環境整備が重点となってい る。
 国際標準化活動を強化する施策としては、日本の国際標準化活動の仕切り直しとしての国際標準化総合戦略の策定、企業において標準化に長けた人材を養成す る施策、大学等における標準化関連教育の促進が列挙されており、国際的な標準化活動への積極的取り組みの開始に当たり、人材育成から始める形となってい る。当然のことながら、国際標準を巡る争いは、基本特許が国際的なデファクトスタンダードとなれるか否かという企業の利害が強く絡む争いであり、その争い に政府が支援をするという形となる。
 中小・ベンチャー企業を支援する施策としては、中小企業大学校等での知財教育の充実、商工会議所等における知財相談窓口の設置、中小企業・ベンチャー総 合支援センター、知的所有権センター等における情報提供の拡充、中小・ベンチャー企業支援施策を電子出願ソフトへの組み込みが列挙されており、従来施策の 拡充が中心となっている。
 知的財産を活用して地域を振興する施策としては、地方公共団体での知財戦略策定の促進、各地方経済産業局による知財を活用した地域振興の推進、各地域で の知財教育の充実が列挙されており、各地方での取り組みをより促す施策が中心となっている。
(4)コンテンツ分野 
 コンテンツ分野は、コンテンツ開発の促進に関する施策と日本発の国際的ブランドの促進に関する施策に大別されている。
 電子媒体のような電子情報化される著作物、いわゆるコンテンツの開発の促進に関する施策では、IPマルチキャスト方式による地上TV放送に関して著作権 に関する環境整備を進め、放送コンテンツを創作するクリエーターに対する創作環境を整備する施策、デジタルコンテンツのコピープロテクトの整備に関する施 策、音楽用CDの再販制度の検討、コンテンツ製作に関わる契約の環境整備、コンテンツの再利用の促進、コンテンツのプロデューサー機能の強化、コンテンツ に関する情報提供の充実、情報家電のネットワーク化の支援が上げられている。コンテンツは、技術進歩の著しい通信・デジタル技術によって、日々進化する無 体物であるが故に、施策の内容も技術進歩に周囲の環境が追随するよう支援する施策が中心となっている。
 日本発の国際的ブランドの促進に関する施策では、日本の食文化の海外PR、地域団体商標制度の活用促進、日本ファッション・ウィークの支援、在外公館等 での日本産品のPR支援が列挙されている。これらの施策は、従来、文化事業という枠組みで実施されていた施策が、予算増額の期待が持てる知財関連施策とし て化粧直しをして位置づけられている面も拭えないが、いずれにせよ政府による積極的な日本ブランドの売り込みが展開される施策となっている。
(5)人材分野
 人材分野では、先に策定された「知的財産人材育成総合戦略」の実行、「知的財産人材育成推進協議会」、日本弁理士会、発明協会等の人材育成事業への支 援、国際的な知的財産専門人材の育成支援、知的財産に関する啓発事業の充実が列挙されている。従来は、知的財産の専門家は弁理士のみのイメージであった が、今後は、知的財産に関する人材の裾野を広くして多彩な人材を育成する方針が窺われる。

5.おわりに

 今般の推進計画2006からは、知財の創作に関しては、大学のプレゼンスの増大が予想され、知財の保護に関しては、審査期間の短縮、諸外国の特許審査の 協調、外国特許出願の増加、知財の活用に関しては、企業における知財部門の強化、国際標準化活動の活性化、模倣品対策の拡充、が予想され、新たな分野とし て、通信・デジタル技術の進歩に応じてコンテンツの十分な保護を図ろうとする著作権の進化や日本発ブランドの国際的プレゼンスの増大が予想される。これら の動きからは、国際経済における知財の価値を定着させかつ高め、その価値によって裨益しようという意図を感じ、「世界最先端の知的財産立国を目指す」とい う推進計画2006のキャッチフレーズは、その率先垂範の意気を示しているように解される。 
 日本を含め各国の経済は、WTOを中心とするグローバルスタンダードという共通ルールに準拠するようになってきている。見方を変えれば、各国政府の主権 の範囲が徐々に狭められているわけであり、これによって、各企業は、WTOルールに守られながら安心して国際的な事業展開ができるようになってきている。 いわゆる事業活動のボーダーレス化、経済のグローバル化である。知的財産もWTOルールの一つであるTRIPSに基づいて各国の知財関連法規が徐々に統一 化に向けて改正されてきている。
 こうした経済のグローバル化の流れの中で、政府も知的財産権によって日本企業の海外事業の権益、例えば、独占的事業展開、ロイヤリティ収入が確保され、 日本に資本収支、技術貿易収支のプラスをもたらすものとして積極的な政策展開を始めた。今般の推進計画2006は、従来の推進計画よりもその色彩をより鮮 明に呈している。今後、推進計画2007,2008においてこの方向性はより具体化してゆくこととなろう。
 推進計画2006から垣間見える知財立国の行方は、日本人の英知をモノの輸出以外の形での収益に還元するという経済構造への日本経済の変革、及びそうし た経済構造に都合のよい知財の国際秩序固めにあるように思われる。

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