■有古特許事務所 : □Japanese □English

■上海HANQIAO・上海ARCO : □Chinese □English

有古ニュース  2008.2


■弁理士 篠田賛治
(兵庫県発明協会発行IPR誌2007.10~12月号に掲載されました)

植物新品種の名称の保護  ―――種苗法と品種登録出願の概説―――

1. はじめに

 新規な植物、動物、微生物等は「物の発明」として、また、新規な植物栽培方法、魚類の養殖方法等は「方法の発明」として、特許法による保護対象となりう る。また、植物、動物等の商品としての名称については、商標法による保護対象ともなりうる。
 植物の新品種については、その技術的価値について特許権による保護を受ける以外に、品種登録による保護を受けることも可能である。すなわち、特許法以外 にも種苗法に規定される育成者権による保護を受けることが可能であり、所定の手続を行うことにより、特許権及び育成者権による保護の両方を受けることも可 能である。

 いわゆる知的財産権のうち、特許、実用新案、意匠、商標の四法と、不正競争防止法、著作権法の二法は職業上よく知りたるところである。また、近年では、 新聞紙上等でも職務発明や著作権に関連した記事を見掛ける機会が多くなり、特に著作権については、往年の名作映画の格安DVDに関連して、著作権の存続期 間の解釈について裁判があったことからも、社会的な認知度も高いと思われる1)。

 ところが、種苗法及び品種登録については、弁理士が手続の代理人となることはできないこともあってほとんど知識もなく、恥ずかしながら知っていることと いえば、1)商標登録を受けることができない商標として、商標法第4条第1項14号に「種苗法第18条第1項の規定による品種登録を受けた品種の名称と同 一又は類似の商標であって、その品種の種苗又はこれに類似する商品若しくは役務について使用をするもの」と規定されていること、2)品種登録は農林水産省 が管轄していること、程度であった。

 今年に入ってから農林関係者と話をする機会をもつことができ、その際、従来から存在していた「植物新品種は特許権によって保護すべきか、育成者権によっ て保護すべきか?」という技術的価値の保護に関する問題の他に、品種名称についても今まで認識したこともない問題があったことを知らされ、自分の不勉強を 反省する意味で、今回、農林関係者以外にはほとんど関心を持たれていない種苗法及び品種登録について、その概説及び品種名称の保護を中心として前編、中 編、後編の3回に分けて記載させて頂くこととした。お付き合いの程、お願いします。

2.種苗法に基づく品種登録について

2.1 登録要件 

1)保護対象:栽培される全植物(種子植物、しだ類、せんたい類、多細胞の藻類)及び政令で指定されたきのこ(平成18年4月1日現在、32種)が保護対 象であり、これらの新品種を育成した者又はその承継人が品種登録を受けることができる。「種子植物」と書くと、なにやら難しく感じるが、米、麦、芋類、果 物類等、食生活に不可欠な食材の他、チューリップやカーネーション等の花も当然含まれる。また、政令で指定されたきのこには、しいたけ、えのきたけ、エリ ンギ等、これまた食卓でおなじみの食材が含まれている。せんたい類には、海苔が含まれる。要するに保護対象となる植物というのは、結構我々になじみのある 植物なのである。
 ここで、植物遺伝子、植物細胞、繁殖できない植物は、特許法の保護対象となり得ても、種苗法の保護対象とはなり得ない。このような新品種等に関する技術 に対する法的保護は、特許法によるしかなく、栽培可能な品種に限定される点では、種苗法の保護範囲は特許法よりも狭い。

2)種苗法第3条及び第4条の要件
特許出願であれば、新規性及び進歩性を有し、先願であることが主要な要件となる。これに対して品種登録出願では、区別性、均一性、安定性、未譲渡性、名 称の適切性が主要な登録要件となっているが、ここでは簡単な説明に止めておく。
 ① 区別性とは、既存品種と重要な形質(形、色、耐病性等、植物の種類毎に定められ告知されている)で明確に区別できることを意味しており、要するに既存品種 と同一でないということが要件となっている(種苗法3条1項1号)。
 ② 均一性とは、同一世代でその形質が十分類似していることを意味しており、同時に栽培した種苗からすべて同じものができなければならない(種苗法3条1項2 号)。
 ③ 安定性とは、増殖後も形質が安定していることを意味しており、何世代増殖を繰り返しても同じものができなければならない(種苗法3条1項3号)。安定性を 確認するために栽培試験が課せられている点で、書面主義を採用し、実物の提出を要しない特許法とは大きく異なる。
 ④ 未譲渡性とは、出願品種の種苗や収穫物を譲渡していないことを意味し、日本国内においては出願日から1年遡った日より前、外国においては出願日から4年 (林木、観賞樹、果樹等の永年性植物は6年)遡った日より前に出願品種の種苗や収穫物を譲渡していないことが要件となる(種苗法4条2項)。
 また、上記技術的な事項以外に、品種登録の要件として、願書に記載した「品種の名称」が出願品種と同一又は類似の種苗に係る登録商標と同一又は類似でな いことが要件となっている(種苗法4条1項)。

2.2 品種登録出願の手続

 品種登録を受けるには、品種登録出願を行う必要がある。特許法の場合と同様、出願という手続を最先に行った者に対して品種登録が認められる(先願主 義)。品種登録出願を行うためには、願書、説明書、出願品種の植物体の写真が必要である。
 ①願書には、種子であれば1000粒、菌株であれば試験管(18×180mm)5本を添付しなければならない。
 ②説明書とは、提出する種苗に関する説明を記載するものであり、植物の種類、栽培技術及び育成状況に関する問い合わせ先、出願品種の名称、育成の経過及び 増殖に関する情報(交雑親名、育成の経過、育成完了年月、繁殖方法、対照品種名等)等を記載する。このうち、特性については、植物毎に雛形が定められてい る「特性表」を別紙として提出する。
 ③植物体の写真は、他の植物体と明確に区別される特性を撮影したものでなければならない。

2.3 出願公表

 品種登録出願してから品種登録されるまでには、栽培試験が行われるために3年~数年程度の年月を要する。一方、品種登録出願した後、品種登録されるまで の期間に、出願品種の種苗を市場で販売すると、その種苗を購入した第三者が種苗を栽培及び増殖することが可能となる。こうした育成権者の不利益を解消すべ く、特許法の出願公開制度と同様に、官報に出願品種の情報を公開する代わりに、品種登録後に業としての品種利用者に利用料相当額の補償金を請求できる権利 (仮保護の権利)を認めている(種苗法14条)。なお、農林水産省の品種登録情報ホームページ2)でも出願品種の情報が公表される。
 公表時期については、種苗法13条1項に「遅滞なく」と記載されているが、実際には出願後3ヶ月~10ヶ月程度で公表されることが多く、出願件数等の影 響で公表時期にバラツキがある。

2.4 出願品種の審査

 栽培試験以外の審査は、農林水産省種苗課職員が審査官として行う。栽培試験は、出願品種及び対象品種を同一条件で栽培して審査を行うが、これは全国6箇 所にある独立行政法人種苗管理センターで実施される。種苗法17条1項に規定する拒絶理由がある場合には、拒絶理由通知が発せられ、意見書提出の機会が与 えられる。なお、品種名称が不適切な場合には、後述するように名称変更命令が発せられる。拒絶理由が解消しない又は名称変更命令に従わなければ拒絶処分と なる。

2.5 品種登録

 審査の結果、登録要件を具備している場合には、農林水産大臣は品種登録を行う。品種登録は、品種登録簿に所定事項を記載することによって行われ、育成者 権が発生する。権利の存続期間は、平成17年改正以降の出願については、品種登録日から25年(永年性植物は30年)であり、特許権の保護期間よりも長い (種苗法19条)。育成者権者は、登録品種及び当該登録品種と特性により明確に区別されない品種を業として利用する権利を専有すると規定されており(種苗 法20条)、登録品種の他、登録品種と特性により明確に区別されない品種にも育成者権が及ぶ。

3.品種名称の保護

3.1 登録品種の名称

 逐条解説種苗法3)によると、種苗法4条において他人の登録商標はもちろん、自己の登録商標と同一又は類似の出願品種の名称を認めていないのは、登録品 種の名称は、品種を特定するために登録品種の種苗を業として譲渡する者全てに使用が義務づけられており(種苗法22条1項)、これに違反すると10万円以 下の過料に課される(種苗法62条)など、使用権の専有を認める商標制度との法的矛盾を防ぐためとされている。一方、工業所有権法逐条解説4)には、商標 法4条1項14号の解説として、「登録品種の名称をその品種の種苗又はこれに類似する商品若しくは役務について使用する商標を商標登録の対象から除外し、 当該名称について特定の者に独占的使用権が生ずることを防止することにある。種苗法により登録された品種の名称は、一般に普通名称化すると考えられるの で、同法による登録が消滅した後においても同様に除外される。したがって、たとえ同法により登録を受けた本人が出願しても登録しないのである。」と記載さ れている。通常であれば、ある商標が普通名称化するかどうかは、使用状況によって変わるのであるが、登録品種の名称については、登録種苗を取り扱う業者に 種苗法上の使用義務があるため、品種登録期間中はもちろん、権利消滅後も普通名称として扱われるのである。今回、種苗法について勉強して、商標法4条1項 14号の立法趣旨をようやく完全に理解できた気がする。
 育成者権の存続期間中、育成権者は登録種苗を業として独占的に栽培できるため、登録品種の名称は、登録種苗そのものの保護によって必然的に保護される。 登録品種の名称については、種苗法22条で登録品種の種苗を業として譲渡の申出をし、又は譲渡する場合には、当該登録品種の名称を使用しなければならず (1項)、それ以外の品種の種苗を業として譲渡の申出をし、又は譲渡する場合には、当該登録品種の名称を使用してはならない(2項)ことが使用義務として 規定されており、違反すると種苗法62条により過料に処されるためである。偽品種に登録品種の名称を付して販売すれば、この規定により罰せられることにな る。また、登録品種を無断で栽培し、種苗又は収穫物に登録品種の名称を付して販売する行為は育成者権の侵害となり、侵害者は民事上(種苗法33条~37 条、民法709条等)、刑事上(種苗法56条)の制裁を受けることになる。
 なお、種苗法62条の規定は登録品種の「種苗」を譲渡等する場合に関するものであり、収穫物の譲渡等には直接関係しない。例えば、稲の登録品種の名称で 「兵庫○○号」があったとすると、「兵庫○○号」から収穫されていない米に「兵庫○○号」と記載しても、種苗法62条には違反しない。もっとも、このよう な表示は、不正競争防止法の虚偽表示(不正競争防止法2条1項13号)に該当するため、刑事上・民事上の制裁を受けることとなり、不正表示が野放しとなる わけではない。登録品種である「兵庫○○号」から収穫された米であると消費者に誤認させるためである。「兵庫○○号」の育成者権が消滅した後は、「兵庫 ○○号」の種苗は自由に栽培可能となるが、品種名称の虚偽表示は商品の品質を偽って記載することになるので、不正競争防止法により規制されることになる (米の場合に産地品種銘柄を偽れば、JAS法違反にも該当する)。米の産地や品種の虚偽表示としては、つい最近も大阪府下の米卸売会社が「コシヒカリ 100%」と称して「くず米」等を混入して販売していた事件が摘発され、関係者が不正競争防止法違反容疑で逮捕されている5)。

―――他人の登録商標との関係について1 ―――

3.2 登録前の品種名称

 新品種の種苗又はその収穫物が市場で売れるかどうかは、その新品種が種苗登録されているかどうかとは直接は関係しない。特に、収穫物の一般消費者にとっ ては、「収穫物がおいしいかどうか、価格が適切かどうか」が購買に関する主要な判断基準であり、収穫物の種苗が品種登録されているかどうかを基準に購入を 決めることはないであろう。また、種苗の需要者である農林水産関係者等にとっては、市場で人気のある収穫物の種苗を栽培したいであろうし、病気にかかりに くい、乾燥に強い等、栽培しやすいことを特徴とする種苗を栽培したいであろう。農林水産関係者の場合には、新品種の種苗が品種登録されているかどうかは商 売上重要となる場合もあろうが、それでも「収穫物が売れる」「栽培しやすい」といった因子がより重要な判断基準となろう。

 このため、新品種の育成者は、品種登録出願すると共に、新品種の種苗又はその収穫物に「品種の名称」を商標として付して販売し、その名称の種苗又はその 収穫物が優れていることを需要者にPRすることも多いであろう。「品種の名称」は、登録品種の名称となれば登録商標として独占的に使用することが適当でな く、出所表示機能を発揮し得ないとはいえ、品種登録出願の拒絶処分又は取下等により品種登録されなかった場合には、そのまま自己の商標として使用すること が可能であり、商標登録出願して登録商標とすることも可能となる。すなわち、品種登録前においては、「品種の名称」は他人に使用義務があるわけでもなく、 通常の商標と同様に、出所表示機能、品質保証機能、宣伝広告機能という商標の機能を発揮しうるのである。

 ここで、出願から登録までに3年程度かかることから、品種登録出願から品種登録までに「品種の名称」が商標としてある程度の「ブランド力」、特に品質保 証機能を持つことも考えられる。3年間、育成者の種苗又はその収穫物に「品種の名称」を付していれば、「品種の名称」が新品種の種苗又はその収穫物の商標 として周知性を帯びてくることがあるだろう。実際、登録品種の名称として出所表示機能を発揮し得ない「とよのか(登録番号第615号、平成11年9月6日 育成者権満了)」は、今でもイチゴの代表的ブランド(品種名)である。一般消費者は、だれがイチゴの生産者であることは識別できなくても(言い換えれば、 だれが生産者であっても)、「とよのか」は「甘いイチゴである」ということを、品種の名称から認識することができているのである。商標として蓄積された品 種名称のブランド力は、品種登録されることによって出所表示機能を喪失してしまうが、登録品種の名称として形を変えて保護されることになる。

 品種登録出願の願書に記載した「品種の名称」は、一品種に複数名称がある場合、登録商標と同一又は類似する名称、誤認・混同を生じる名称等である場合、 名称が不適切であるとして名称変更命令が発せられる(種苗法16条)。品種の名称については、「品種名称審査基準」が定められており、品種登録情報ホーム ページ2)からダウンロードも可能である。

 しかし、栽培試験を実施するために、出願から品種登録までには3年程度かかることから、品種登録出願と同時期に他人の商標登録出願(品種登録出願に係る 種苗又はその収穫物と同一又は類似の商品に関する、同一又は類似の名称)があったとすれば、よほどのレアケースでなければ商標登録が先に行われることにな ろう。品種登録出願の出願公表が出願日から半年~1年後に行われていることも考えると、官報や品種登録情報ホームページで出願品種の名称を見た他人が、そ の「品種の名称」を気に入り、種苗又はその収穫物等を指定商品として同一又は類似の商標を出願公表後に商標登録出願しても、登録要件さえ満たしていれば、 品種登録よりも先に商標登録を受けることが可能である。

 もし商標登録されると、先願である品種登録出願の出願者が、後願である商標登録出願に基づく登録商標の存在を理由に、「品種の名称」を他人の登録商標と 非類似の名称に変更しなければならなくなるという、品種登録出願者にとっては不合理と思える事態が起こってしまう(厳密に言えば、品種登録出願と商標登録 出願との間には先後願関係がないので「先願」「後願」と呼ぶのは適当でないかもしれないが、ここでは両者の出願日の先後を理解しやすいようにこれらの用語 を使用する)。品種登録直前に他人の商標登録があり、登録商標と同一又は類似の名称で品種登録が行われた場合にも、農林水産大臣は登録品種の名称の変更を 育成権者に命ずることとなるため(種苗法41条)、自己の品種登録出願よりも2、3年以上後の出願日である他人の商標登録出願によって、品種の名称を変更 しなければならないケースも考えられる。

 特許出願であれば、保護対象は「特許請求の範囲に記載された発明」であり、明細書に記載した「発明の名称」には、発明に係る物の一般的名称(例えば、 「新規な稲科植物」)等と記載するのが常であり、「発明の名称」には形式的な意味しかない。このため、発明の名称を変更しても出願人に不利益が生じること は想定できない。しかし、品種登録出願前後から種苗又はその収穫物に「品種の名称」を使用し、一定期間の使用によって「品種の名称」が需要者に優れた品種 であると認められ、商標としての「ブランド力」を発揮するようになっていれば、品種登録出願の願書に記載した「品種の名称」を変更しなければならないとい うのは、品種登録出願者(育成者)にとっては商売上大きなダメージとなる。

 なぜなら、品種登録後、登録品種の名称として、今まで使用してきたものとは異なる品種名称を使用することが義務づけられるため、それまでの使用によって 出願時の品種名称に蓄積された種苗又はその収穫物のブランドを失い、宣伝広告等もすべてやり直さなければならなくなるからである。登録品種の名称と異なる 名称を付して種苗を販売することは、種苗法22条違反となるためである。

 しかし、現在の種苗法及び商標法の規定では、たとえどんなに後願であっても、その後願である商標登録出願に基づく他人の登録商標が存在すれば、先願であ る自己の品種登録出願の「品種の名称」を変更せざるを得ず、品種登録出願者が一方的に不利な状況となってしまうのである。こうしたことは、今まで品種登録 出願を行った経験のある農林水産関係者しか知られていなかったと思われる。おそらく、弁理士や知財を取り扱う弁護士、特許事務所所員といった知的財産の専 門知識を有する者にさえ、ほとんど問題の所在さえしられていなかったといえるだろう。

 私自身、種苗法に関する知識がなく、勉強する機会や必要性もなかったことから、偶然、農林水産関係者からこの問題について聴くことがなかったら、定年退職まで知らないままであったと予想する。

3.3 他人の登録商標への対策

 もし、他人の登録商標と同一又は類似するとの理由で名称変更命令を受けた場合、品種登録出願者には何か対策があるだろうか?
 ①商標登録出願すると1ヶ月程度で出願公開(商標法12条の2)されるため、出願された商標、指定商品等を特許電子図書館で閲覧することができる(無 料)。もし、品種登録出願の願書に記載した「品種の名称」と同一又は類似の商標であって、品種登録出願した種苗と同一又は類似する商品等を指定商品等とす るものがあれば、要注意である。このとき、既に品種名称が自己の種苗又はその収穫物の商標として周知となっていれば、出所混同を生じる商標であるとして商 標法4条1項10号又は15号違反を理由に情報提供(商標法施行規則第19条)することができる。その際、証拠として広告、新聞記事、業界雑誌等、他人の 商標登録出願が拒絶理由を有していることを示す資料を提出するべきである。
 他人の商標登録出願を簡単な手続で拒絶に導くための手段として有効であるが、品種登録出願と同時期の商標登録出願であれば、「品種の名称」が自己の商標 として周知であることの証拠を提出するのは難しいであろう。

 ②「品種の名称」と同一又は類似である他人の商標について商標登録がなされ、そのことを名称変更命令によって初めて気が付いた場合(実際、最もよくある ケースだろう)、他人の登録商標の査定時において、品種名称が自己の種苗又はその収穫物の商標として周知の程度が高ければ、出所混同を生じる商標であると して商標法4条1項10号又は15号違反を理由に異議申立又は無効審判を請求することができる。自己の品種登録出願よりもかなり他人の商標登録出願が後願 であり、3~数年程度の使用によって品種名称が周知となっている場合には有効であろう。なお、種苗登録前なので、品質の誤認を生じるとして商標法4条1項 16号違反を主張することはできないと考えるべきであろう。
 主張が認められれば他人の登録商標が取消決定又は無効審決によって存在しなくなるため、品種名称を変更する必要はなくなる。ただし、後述する先使用権が 認められる場合よりも周知の程度が高い必要があるため、かなり大々的に広告していたとか、売上高がかなり大きい等の事情がなければ、取消決定又は無効審決 を得ることは困難であろう。また、審判等に関連する費用も必要である(数十万~100万円程度はかかると思われる)。なお、品種登録前から自己の商品(種 苗又は収穫物)に「品種の名称」を付して大々的に使用するのであれば、異議申立や無効審判のために販売実績や広告に関する証拠は保存しておく方がよいであ ろう。

 ③取消又は無効とするだけの証拠がなければ、他人の登録商標を買い取り、品種登録前に放棄することによっても、名称変更の必要が無くなる。ただ、商標権 者が登録商標の譲渡に応じるとは限らないし、足元を見て高額な買い取り価格を呈示してくる危険性もあることを認識しておかなければならない。譲渡交渉が不 調であれば、名称変更命令に従って名称を変更するしかないので、買い取り価格が高くても構わないというのでなければ、抜本的な対策とはなり得ない。

 ④取消又は無効とするだけの証拠はないが、「品種の名称」を他人の商標登録出願前から使用しており、かつ、ある程度の周知性を有することを立証可能であ れば、「品種の名称」の商標としての機能を重視し、品種登録出願を取り下げるという選択もあり得る。品種登録のために今まで使用してきた品種の名称を変更 するよりも、本来の目的であった新品種の品種登録を断念し、ブランドとして信用が蓄積している「品種の名称」をそのまま商標として継続使用することを選択 するのである。
品種登録出願前後から自己の種苗又はその収穫物について、「品種の名称」を商標として使用していた場合、他人の商標登録出願前から使用していれば、他人 の登録商標に対して先使用権(商標法32条)が認められる可能性があるため、他人の登録商標が存在しても自己の商標として継続使用できる余地はある。
しかし、その商標として周知となっている必要があるため、周知性を立証する必要があり、仮に立証できたにしても調査費用、弁護士・弁理士費用等がかかっ てしまう。周知性が認められない又は周知性を立証できないのであれば、「品種の名称」を継続使用することはできず、結局品種名称も変更せざるを得ない。そ の意味では、リスクが大きい選択肢である。

 ここで、先使用権が認められても他人の登録商標は存在し続けるため、 品種登録出願の「品種の名称」は変更せざるを得な い。そうすると、その後、品種登録された場合に、先使用権が認められた品種名称とは異なる品種名称を「登録品種の名称」として使用する種苗法上の義務が発 生するため、先使用権が認められた名称(=今まで使用してきた品種名称)を使用できなくなってしまう。先使用権が認められた名称を種苗に付せば、育成権者 が種苗法22条違反となってしまうからである。これでは、他人の登録商標に対する先使用権が認められても無意味である。

 このように、たとえ商標法上の先使用権が認められる場合であっても、今まで使用してきた品種名称を継続使用したければ、品種登録出願を取り下げざるを得 ない。商標法上の先使用権が認められるだけでは、新品種の「品種の名称」を保護することはできないという現実があるのである。

 ⑤もちろん、元々自己の種苗又はその収穫物についてほとんど又は全く使用しておらず、品種登録のために名称変更しても商売上の影響が小さい又はないので あれば、品種の名称を他人の登録商標と非類似となるように変更すればよい。

―――他人の登録商標との関係について2―――

3.4 品種登録前における品種名称の保護に関する私見

 (1)同一又は類似の他人の登録商標が存在せず、品種登録出願時の「品種の名称」のまま品種登録されることもあり、出願者としてはそうできることに越した ことはないであろう。例えば「コシヒカリ新潟BL5号(登録番号第10874号)」という名称であれば、「コシヒカリ新潟BL4号(登録番号第10273 号)」という登録品種があるため、商標登録出願しても商標法4条1項14号によって拒絶されるであろう。新潟県以外の都道府県で栽培された米なのに「新 潟」を含む商標であれば、品質(産地)を誤認させるとして商標法4条1項16号によって拒絶されることもあるだろう。
 種苗法4条1項及び品種名称審査基準を見ても、既存の登録品種との関係については、出願品種について誤認・混同を生じなければ足りるようなので、品種登 録されても商標登録されそうにない名称を「品種の名称」としておけば、他人の登録商標によって名称変更命令を受けることはないであろう。特に、公設機関が 品種登録出願者となる場合には、最も簡単、かつ、確実な手段であろう。
ただ、公設機関ではなく個人又は企業が品種名称を選択する場合には、他の種苗又はその収穫物と容易に識別できるようなインパクトのある名称にしないと、 市場で目立たないというデメリットはある。一方、そのようなインパクトのある(識別力のある)名称については他人の登録商標が発生する可能性が高くなるの で、頭の痛いところである。

 (2)インパクトがあり、商標としても識別性を有するような「品種の名称」を願書に記載して品種登録出願する場合、品種登録出願者は、少なくとも品種登録 出願の出願公表までに商標登録出願もしておくことが、他人の登録商標に対する最も安全、かつ、確実な対策ではないだろうか?他人よりも早く「品種の名称」 について商標登録出願し、商標登録を受けていれば、他人がその品種名称と同一又は類似の商標について商標登録することはできなくなるからである。
 もし、品種の名称についての自己の商標登録出願が、登録商標と同一又は類似であることを理由に拒絶されれば、後願である他人の商標も(品種名称と同一で あり、査定時に自己の商標登録出願の引例となった登録商標が存在していることが前提)、同じ理由で拒絶されるはずである。
 また、後願である他人の商標が過誤登録されれば、先願である自己の登録商標と同一又は類似であること又は先願先登録商標と同一又は類似であることを理由 に異議申立又は無効審判を請求し、他人の商標登録を消滅させることができる。この場合、証拠書類として、前者の場合は自己の商標登録公報の写し、後者であ れば拒絶理由通知書及び拒絶査定謄本の写しを提出すればよく、商標法4条1項10号又は15号を理由とする異議申立又は無効審判の証拠書類、先使用権が認められるための周知性の証拠書類と比 較すると、非常に容易、かつ、短時間に準備できる。そして、他人の商標登録を取消又は無効に導く効果も大きい。
 品種名称についての商標登録出願は、登録要件を満たしていれば品種登録前に商標登録されるため、そのままでは種苗法16条によって名称変更命令を受ける ことになる。しかし、自己の登録商標であるから放棄書を提出することにより登録商標を放棄し、品種登録出願の願書に記載した「品種の名称」のまま品種登録 を受けることが可能となる。なるほど、はじめから放棄する前提で商標登録出願し、登録料まで支払うことは費用の無駄といえる。しかし、他人の登録商標に よって使用中の品種の名称変更を余儀なくされ、それに伴い発生するかもしれない商売上のリスク及び新たな宣伝費用、他人の登録商標の影響を排除するために 必要となる労力、費用、効果を考えれば、効果が高い保険費用と考えると、決して高い出費とはいえないのではないだろうか?
 理想をいえば、新品種が完成したと思われる段階で、「品種の名称」の候補をいくつか選択し、品種登録出願よりも先に商標登録出願しておくのが安全であろ う。もし、候補のうち1つでも商標登録されれば、それを品種登録出願の願書に「品種の名称」として記載すれば、他人の登録商標によって後から品種の名称を 変更しなければならなくなる事態は、まず起こりえないであろう。商標登録出願の費用がかかることを除けば、最も安全策といえるのではないだろうか?
 実際、大手種苗会社では、商標登録出願及び品種登録出願の両方を行うことがあるそうである。品種登録されるならば登録商標は放棄し、希望した「品種の名 称」のまま品種登録を受けることができる。一方、品種登録できなくても登録商標を種苗について独占的に使用することができる。

 (3)植物新品種の保護手段としての品種登録制度は、①登録品種の種苗のみならず、収穫物やその加工品にまで保護が及ぶ点、②保護期間が特許よりも長い、 ③出願手続が特許法よりも柔軟的であり、手続き上の不備是正も比較的容易である、④既存品種と特性が区別できればよく、特許でいう進歩性は必要ない、⑤独 立行政法人種苗管理センターによる品種類似性試験(DNA鑑定を含む)、侵害状況記録の作成、侵害疑義植物種苗等の寄託制度、通称「品種保護Gメン」の配 置等、農林水産省による育成権者のバックアップ制度がある、といった理由から、農林水産関係者にとってはこれからも最も活用すべき知的財産保護手段であろ う。
 しかし、特に「品種の名称」については、品種登録出願だけでは対応しきれない事態が現実に存在しているため、商標法による保護(実際には「保険」と言っ た方が近い)も検討する価値はあろう。たとえ、レアケースであっても実際に起これば育成者が受ける商売上の影響は小さくないためである。
 品種登録出願をする予定があるならば、少なくとも品種登録出願の願書に記載した「品種の名称」と同一又は類似する他人の商標登録出願(新品種と同じ商品 分類について)がないか特許電子図書館でチェックするくらいの慎重さが、今後は農林水産関係者にも求められるのではないだろうか?
 一方、我々特許事務所の関係者も、農林水産関係者に対して適切なアドバイスができるように、種苗法や農林水産業の実情を知っておかなければなければなら ないといえよう。そうでなければ、たとえ商標法が関係する内容であっても、農林水産関係者からの相談にまともに対応することはできないからである。

4.法改正

 育成者権が知的財産権として定着し、その下値が高まる一方、育成者権の侵害が疑われる事例が増加している状況に鑑み、侵害行為を抑制すると共に、事後の 救済の円滑化を図るため、育成者権侵害罪の罰則引上げ、虚偽の品種登録表示を禁止する等の措置を講ずる趣旨で、平成19年12月1日を施行期日として種苗 法の改正が行われる予定である。概説すると、以下の通りである。

(1)権利侵害に対する訴訟上の救済を円滑化するための規定の整備
①侵害物品の譲渡数量に、正規品の単位当たり利益の額を乗じた額を損害額とすること
ができることとする(=特許法102条1項)。
②侵害事実を否定する被告は、自己の行為の具体的態様を明らかにしなければならない
こととする(=特許法104条の2)。
③その他、当事者による鑑定人への説明、裁判所による相当な損害額の認定、営業秘密
についての秘密保持命令等の規定を整備する(=特許法105条~105条の3)。

(2)罰則の引上げ
①権利侵害に対する罰則
現 在:懲役3年以下又は/併科罰金300万円以下(法人は1億円以下)
改正後:懲役10年以下又は罰金1000万円以下(法人は3億円以下)
②詐欺行為で品種登録を受けた者に対する罰則
現 在:懲役1年以下又は罰金100万円以下
改正後:懲役3年以下又は罰金300万円以下(法人は1億円以下)
③秘密保持命令違反に対する罰則の新設
懲役5年以下又は/併科罰金500万円以下(法人は3億円以下)

(3)表示の適正化等
①登録品種でない種苗について登録品種である旨の表示等を付すことを禁止する
懲役3年以下又は罰金300万円以下(法人は1億円以下)
②登録品種の種苗を業として譲渡する者は、当該種苗に登録品種である旨の表示を付す
ように努めなければならないこととする(=特許法187条)。
③登録品種の名称について、利害関係人の申立により変更を命ずることができることと
する。

【参考文献】

1)例えば、東京地裁平一八年(ヨ)二二〇四四、「ローマの休日」等激安DVD事件(平18.7.11棄却決定)/東京地裁平一八年(ワ)二九〇八(平 18.10.6棄却判決)
2)農林水産省、品種登録情報ホームページ http://www.hinsyu.maff.go.jp/
3)改訂新版種苗法逐条解説p70、農林水産省生産局種苗課編著(経済産業調査会)
4)工業所有権法逐条解説第16版p1065、特許庁編(発明協会)
5)関連記事の一例として、msnニュース、地域ニュース(大阪)、平成19年8月1日

TOP
Copyright Patent Corporate Body ARCO PATENT OFFICE 1996-2010, All rights reserved