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有古ニュース  2008.8


■弁理士 中尾優

知財ライセンス収支の現状~2007年の国際収支(速報)動向~

1.はじめに

 つい最近まで、「日本はモノ作り大国」、「産業の空洞化を阻止すべき」、「マネーゲームは虚業」という雰囲気の論調を本屋などでよく目にしたが、最近は あまり目立たなくなってきたように感じます。
戦後高度成長期から20世紀末ぐらいまでは、日本は貿易大国で、貿易黒字≒経常収支(外国からの稼ぎ)でした。私としてはどうも未だにそういう固定観念 から抜け出せないのですが、どうやら時代はとっくに変わってしまっているようです。
本年3月に最新の日本の「2007年の国際収支(速報)動向」(2008年3月日本銀行国際局)(http://www.boj.or.jp/type/ronbun/ron/research07/data/ron0803b.pdf) が公表されました。ここでは、これに掲載されたデータを引用しつつ(同調査報告のクレジットに従い、商用目的ではないので無断引用としています)、日本 の経常収支の現状を分析してみます。日本政府が知財に神経質になっている背景、いわゆる“知財立国”(知財経営)への道半ばの風景、知財で稼ぐ日本企業の 姿が垣間見えてきます。

2.「その他サービス収支」分析~知財で稼ぐ姿の出現~

 下図が日本の経常収支の推移です。折れ線が経常収支(外国からの稼ぎ)で、2002年頃までは白帯の貿易収支に寄り添って推移しています。往年の“貿易 大国”の証左でしょう。しかし、2005年以降、低迷する貿易収支に見切りをつけたかのように貿易収支を離れて上昇しています。その牽引役は膨らむ「所得 収支」と、黒字に転換してきた「その他サービス収支」です。

(出所;2007年の国際収支(速報)動向)

「所得収支」の増加は、「証券投資収益」、いわゆる近年流行の“グロソ ブ”など国際投資ファンドによる稼ぎと、「直接投資収益」、いわゆる企業の海外関連 会社からの配当収入の増が主因です。低金利に嫌気をさした日本人の資金運用と、拡がらない国内マーケットに見切りをつけた日本企業の海外進出事業の成功 (大凡は外国でのモノ作りの成功)とが経常収支を押し上げている格好です。口悪く言えば、グローバル経済ルールによって保証された資本や金融の国際ルール を利用した資産運用による稼ぎでしょう。もはや日本はこれらを“虚業”として軽んずることができなくなっています。
 ここで、知財に携わる者として注目したいのが「その他サービス収支」です。「その他サービス収支」は、工業権・鉱業権使用料(特許権、実用新案権、意匠 権、商標権、ノウハウ等著作権を除く知財ライセンスのロイヤルティ)、著作権等使用料、建設(工事代金など)、情報(システム開発委託など)、仲介貿易・ その他貿易関連、その他業務・専門技術サービス(研究開発委託、マーケティング委託など)から構成されています。下表はその内訳です。
 これを見ると、「工業権・鉱業権使用料」は約1.4兆円の黒字で、経常収支25兆円の約5%程度相当に貢献していた規模となります。しかも、前年からの 伸び額も3千億円弱で、伸び率としては極めて大きいものがあります。
他方で、「著作権等使用料」は前年よりも赤字が拡大しています。特許等産業財産権は稼ぎ手として急成長していますが、著作権はまだまだアメリカなどに貢 ぐ立場のままでなのです。日本のアニメ、ゲームなどコンテンツビジネスに期待がかかるところです。
 図示されてはいないのですが、「工業権・鉱業権使用料」は1997年に黒字化し、「工業権・鉱業権使用料」及び「著作権等使用料」を合算した「特許等使 用料」は2003年に黒字化し、その後も収益を拡大し続けています。日本の知財で稼ぐ姿は、技術を売り、コンテンツを買うという形で2003年頃に出現し ていたといえます。
 他方、知財で稼ぐ姿とは直接的には関係しないのですが、外国への研究開発委託や外国企業との共同研究開発は、日本が外国で知財を産む姿と言えます。そう した外国との研究開発委託等を含む「その他業務・専門技術サービス」の赤字が拡大しています。つまり、日本は持てる資金を外国で知財産む取り組みに積極活 用し出しているのです。

(出所;2007年の国際収支(速報)動向)

3.「工業権・鉱業権使用料」分析~BRICsでの自動車生産が牽引~

 同調査報告は、日本企業の海外進出に伴うサービス収支の動きとして、「工業権・鉱業権使用料」と「その他業務・専門技術サービス」を深堀して分析してい ます。
このうち、「工業権・鉱業権使用料」については、下図のように、受取が年々拡大の一方となっています。2007年では2.5兆円の受け取りです。

(出所;2007年の国際収支(速報)動向)

 また、地域としては、全ての地域に対する黒字が拡大する中、BRICsの伸びが著しく、下図のようにBRICsの比重が拡大しているとしています。

(出所;2007年の国際収支(速報)動向)

 これら分析を受けて、BRICsからの受取額を調べてみると、案の定、 下図のように自動車業界からの受取額が過半を占めている事実が浮かび上がってきま す。日本の自動車メーカーが現地子会社から受け取るロイヤルティが2004年からの3年間で6倍に増加しているのだそうです。そして、今後の増産計画を踏 まえると、BRICsからの受取額は今後さらに拡大する可能性が高いとしています。

(出所;2007年の国際収支(速報)動向)

 ところで、「工業権・鉱業権使用料」の受取は、いわば知財ライセンス (著作権を除く)のロイヤルティ収入です。なぜ、自動車メーカーのロイヤルティ収入だ けが増大しているのでしょうか? 中国にしろ、インドにしろ、自動車メーカーは家電メーカーなどに比べ出遅れています。中国では自動車メーカーも現地、韓 国及び欧米のメーカーとの厳しい競争に晒されています。なのになぜ? 推察するに、自動車メーカーは1985年のプラザ合意で始まった北米現地生産で培っ た経験・教訓を活かして、至極当然にロイヤルティ収入の手筈を整えていたのではないでしょうか。逆に言えば、その他のメーカーは現地法人の立上げ、運営の 軌道化に必死となり、ロイヤルティ確保など後回しとしてしまっているのではないかと疑いたくなります。それが昨今巷を賑わす移転価格問題に繋がっているの かもしれません。あるいは、ロイヤルティ以外の取引方法で日本本社側の収入を別途確保しているのでしょうか。
 いずれにせよ、自動車メーカーのみが突出してロイヤルティ収入を拡大しているアンバランスな業界間格差はいずれ解消に向かい、その他メーカーにおいても 知財ライセンスが企業経営に与える影響が増大してくるものと思います。それが知財立国への一歩なのでしょう。

4.「研究開発・マーケティング等費用」分析~製薬メーカーが米国での研究開発を活発化~

 上述のように「工業権・鉱業権使用料」の受取がここ10年以上拡大し続ける中、下図のように、ここ数年外国への「研究開発・マーケティング等費用」の支 払が増えてきています。

(出所;2007年の国際収支(速報)動向)

 同調査報告は、この内訳として、下図のように、業種別としては製薬メー カーの支払が顕著に増え、地域別としては米国への支払が増えていると分析していま す。そして、この背景の一つとして、日本の製薬メーカーの主力薬の特許の多くが2010年前後に期限切れを迎える状況の下、日本に比べ新薬の承認期間が短 い外国、特に米国での研究開発活動を活発化させていることが挙げられるとしています。 

(出所;2007年の国際収支(速報)動向)

 外国への研究開発委託は、先進国たる欧米が中心であり、今後もこの傾向 は継続するのでしょう。また、一部の日本企業が中国やインドの子会社(現地法人)に おける現地開発、つまり研究開発を本格化させていることから、BRICsへの研究開発委託や共同研究開発も活発化する可能性もあります。
 こうした外国での研究開発活動において重要となってくるのは成果の取扱です。つまり、子会社(現地法人)との研究開発委託契約あるいは共同研究開発契約に おいて、成果たる特許やノウハウの帰属や守秘義務など知財面での約定が重要となってきます。特に中国及びインドは国内で完成した発明については自国を第一 国出願とするよう法定したり、中国の契約法等は研究開発成果の帰属に関する規制を規定したりしています。契約書作成には研究開発の目的、思惑などを織り込 んで作成するというテクニックを要します。こうした研究開発契約面での修練・経験も知財立国(知財経営)への道の一歩となるのでしょう。

5.おわりに

 世界は、これまで国境跨ぐ経済交流を盛んにしようとして、多国間の弛まぬ交渉と合意の繰り返しを経て、GATT体制からWTO体制、貿易から国際金融、 投資へと経済ルールの統一を深化させてきました。しかし、先月、2008年7月末、そのWTO体制の下の新たなグローバル経済のルール、工業界から農業界 への深化の行き詰まりが白日の下に出現しました。WTOのドーハラウンドの閣僚会合が不合意のまま閉会してしまったのです。近年、WTOは先進国主導で 作った合意ルールに新興国が加盟するという形で影響力を拡大してきたのですが、加盟した新興国がWTOのルール作りに発言権を得てしまったために先進国主 導での新たなルール作りが頓挫してしまったようです。
 それではグローバル経済はその深化を止め、現状ベースで落ち着くのでしょうか? どうもそうではないようです。既に、日本を含め多くの国はドーハラウン ド交渉の合意形成の困難性を見越して、ドーハラウンド交渉と並行して二国間交渉を展開し始め、あちこちでFTA/EPAを締結し始めています。つまり、世 界統一的なルール作りは一段落し、各国同士のいわばローカルルール作りが盛んとなり、世界経済のルールは、WTO合意+FTA/EPAという輻輳構造へと 深化してゆくように見えます。(WTO合意に立脚したFTA/EPAですので戦前のようなブロック経済体制とは異なります。)

 日本はこれまで国内でのモノ作りに励んできました。しかし、上述のようにグローバル経済のルールの深化に伴い、今や外国でモノ作りに励むようになってき ています。そして、モノ作りの手段である技術までも外国で産む取り組みが増大し始めています。
 つまるところ、日本人、日本企業がモノ作りに励んでいることには変わりはないものの、モノ作りの事業自体が国境を跨ぐ形で展開し始めてしまっています。 日本国内でモノ作り大国となるはずが、日本のモノ作りが、さながら、知財という鎖(ルール)で縛りをかけられながら国境を超えて拡散し始めてしまっている ようです。知財で稼ぐ日本の姿は、日本人、日本企業のモノ作りとグローバル経済とが複合して産まれた姿のように思えます。

 「グローバルスタンダードはアメリカンスタンダードだ」と揶揄する日本人は少なくありません。しかし、日本もグローバル経済のルールの潮流にちゃっかり と乗って、「所得収支」と「工業権・鉱業権使用料」を伸ばしてきました。今般、WTOへのアメリカンスタンダードの神通力には陰りが見え、関税障壁(セー フガードを含め)が下げ止まる形となりましたが、各国の関税障壁が残るのであれば、日本人、日本企業が、知的財産権制度を様々な形で利用してグローバルに 稼ぐ姿がますます鮮明になってくるものと思います。
                                                                以上

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