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有古ニュース  2009.5


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■弁理士 野田慎二

「発明を物性値で特定する際の留意点」

1.はじめに

 特許出願では、先行技術と区別して新規性や進歩性を主張するために、粒径、分子量、密度などといった物質が示す性質に関わる数値範囲を特許請求の範囲に 記載して発明を特定することがあります。
 このような発明では、多くの場合、物性の数値によって新規性を確保した上で、その数値の限定によって先行技術から予想されない有利な効果が達成されると して進歩性を主張します。従って、最終的には、そのような有利な効果を主張できるか否かが権利化の分岐点になります。
 しかしながら、いかに素晴らしい効果を持つ発明であったとしても、その前提として新規性がなければ、権利化はできません。新規性と進歩性はまったく異な る概念であり、両者は分離して個別に検討する必要がありますが、進歩性を心配するあまり、新規性の確認が疎かになりがちです。本稿では、物性の数値で特定 された発明の新規性を確認する際の基本的な留意事項を説明します。

2.物性値で特定された発明の類型

 物性の数値で特定された発明には、大きく分類して、以下2種の類型があります。
(類型1)発明の対象である物そのものを、物性値で特定したもの。
例1:「みかけ比重が1.50~1.65の範囲にある無機結晶A」
例2:「樹脂Bと充填材Cとを含み、粘度が10~100mPa.sを示す組成物」
これらの例では、無機結晶A自体や、樹脂Bと充填材Cとを含む組成物が公知でも、前記比重を満足する無機結晶Aや、樹脂Bと充填材Cを含みながらかつ前 記の粘度の値を満たす組成物については新規である必要があります。
(類型2)発明を構成する構成要素のひとつを、物性値で特定したもの。
例3:「樹脂Bと充填材Cとを含む組成物において、充填材Cが平均粒径5~20μmの粉末である組成物」。
例4:「有機結晶Eを酸Gの存在下で保持する工程を含む結晶の処理方法において、前記酸GがpH1.5~3.0の有機酸である処理方法」
 発明の新規性とは発明全体として判断されるものですので、その個々の構成要素が新規である必要はありません。従って、例3において前記平均粒径を満足す る充填剤C自体は公知のもので、すでに別の先行文献に記載されていてもよく、出願時点で市場に流通している市販品であっても構いません。さらには、樹脂B と充填材Cとを含む組成物についても公知でも構いません。そのような粒径を持つ充填剤Cを樹脂Bとの組み合わせで配合した組成物が新規であれば、特許にな る可能性はあります(もちろん進歩性は別途検討する必要があります)。
例4においても有機結晶Eを酸Gの存在下で保持する処理方法が公知でもよく、また、pH1.5~3.0の有機酸自体についても公知でもよく、問題は、こ のようなpH値を示す有機酸を有機結晶Eの処理に用いることが新規か否か、という点にあります。

3.物性値で特定された発明の新規性判断の手法

 特許出願を行うにあたって物性の数値範囲を特定してあなたの発明の新規性を確保しようと考えた時には、先行文献に対する新規性を判断するため、まず、あ なたの発明における数値範囲に収まる数値が先行文献に記載されているか否かを確認します。この際、先行文献には、その物性の数値が明示されている場合と、 明示されていない場合があります。

(3-1)先行文献にその物性に関して何らかの数値が明示されている時
 先行文献において、たとえ一点であっても、あなたの発明における数値範囲に収まる数値が記載されていれば、当該先行文献にあなたの発明は記載されている と判断できます。例えば、あなたの発明の数値範囲が「15~50」であるとして、先行文献に「32」と一点の記載があれば、同じような範囲の数値は記載さ れていなくとも、あなたの発明はその先行文献に記載されていると判断します。このため、先行文献が特許公報である時、請求の範囲や実施形態の説明だけでは なく、実施例での一点記載も確認する必要があります。
 また、先行文献に「32~60」などと、あなたの発明の数値範囲と一部重複する数値範囲が記載されていても、あなたの発明はこの先行文献で新規性が否定 されます。
一方、あなたの発明の数値範囲「15~50」に対して、先行文献の数値範囲が「1~1000」と遥かに広い場合には、あなたの発明は、必ずしも、その先 行文献に記載されているとは判断されません。これによりいわゆる選択発明が成立する可能性が生じます。
 しかし、先行文献の数値範囲が「10~80」であり、あなたの発明の数値範囲と非常に近似している場合には、新規性を否定する判断を行うのが一般的で す。非常に近接した数値範囲では選択発明の成立する可能性が極めて低いためですが、詳細には、主張できる効果との関係で検討する必要があります。

(3-2)先行文献にその物性に関して数値がまったく明示されていない時
 問題の物性の数値が先行文献に明示されていないからといって安心はできません。というのも、「物性」というのはそれ自体で独立して存在しているわけでは なく、あくまでもその物性に関わる「物質」が保持し、それを人間が測定したものにすぎません。その物性が測定されておらず、先行文献にその数値が明記され ていない場合であっても、「その数値を満足する物質」が記載されていれば新規性は否定されます。つまり、あなたの発明が、既存の発明について物性を測定し てその数値を明らかにしたものにすぎないと考えられる状況では、あなたの発明が新規とは判断されません。
 具体的な例をあげて説明しますと、例えばあなたの発明が「Fと、物性Xに関する数値範囲a~bを満足するGとを備えた装置」であるとき、先行文献が「F とGとを備えた装置」しか記載しておらず物性Xについての数値を明示していないとしても、直ちに、あなたの発明はこの先行文献に記載されていない、とは判 断できません。なぜなら、どのようなGであっても物性Xに関してなんらかの数値を示すはずですから、種々の状況を考慮して、先行文献に記載されたGが物性 Xに関する数値範囲a~bを満足する(あるいは実際に測定すれば満足する蓋然性が高い)と判断できる場合があるためです。
 では、この判断はどのように行うのでしょうか。次に2種類の具体例を説明します。

①技術常識を考慮して、その数値が「記載されているに等しい」と判断される場合
 1件の先行文献aの記載事項を判断するには、先行文献aに明示された事項に限られず、出願時点での技術常識を考慮したうえで、総合的に先行文献aの記載 を判断します。技術常識を考慮したうえでの記載事項を審査基準では「記載されているに等しい事項」といいます。
 簡単な例では、先行文献bに「常温の水」しか記載しておらず、水の比重の数値を記載していないとしても、水の比重は技術常識に属することですから、先行 文献bに「比重が1.0の水」は記載されているに等しいと判断できます。
 また、あなたの発明が「分子量1000~100万の樹脂H」であり、先行文献cに樹脂Hは記載されているものの樹脂Hの分子量は明示されていない場合で も、技術常識から一般的な樹脂の分子量はこの程度の範囲内に収まるものと判断でき、特別の事情がなければ、先行文献cによってあなたの発明の新規性は否定 されます。
すこし複雑なケースでは、先行文献に記載の目的を考慮し、その目的と技術常識を組み合わせて先行文献の記載事項を判断する場合もあります。
 例えば、あなたの発明が粒径1~100μmの無機粒子Jを配合した塗料Kであるとします。先行文献eに、無機粒子Jを塗料Kの艶消し用の添加物として使 用すると記載されているが、無機粒子Jの具体的な粒径は明示されていない場合、別の先行文献fで、艶消しを目的に何らかの粉末を塗料に配合する際には粒径 を1~50μmに調整するのが一般的と記載されていれば、この技術常識を考慮して先行文献eには無機粒子Jの粒径1~50μmが記載されているに等しいと 判断されます。そのため、粒径を特定したあなたの発明の新規性が、粒径の記載がない先行文献eによって否定されることになります。
 新規性を判断する際には、1つの先行文献のみに基づいて判断するのが大原則ですが、この例のように技術常識の観点から別の先行文献を考慮したうえでの判 断も可能です。ただ、進歩性の判断のように単純に2つの先行文献を組み合わせての判断とは異なり、あくまでも、1つの先行文献の記載をより正確に判断する にあたって、別の先行文献に記載された「技術常識」を考慮する、というものです。
 技術常識を決定する際は、上述したような水の比重など文献を示す必要がないものを除いて、通常、その分野の教科書や概説書の類が引用されますが、特許文 献が複数引用される場合もあります。
 その他、前記の例では、先行文献eに、無機粒子Jとして市販品の商品名が記載されている際にも注意する必要があります。粒径が先行文献eに明示されてい なくとも、特定の商品であれば、商品カタログを参照したり実際にその商品の粒径を測定してその粒径の証明が可能になるためです。

②先行文献とあなたの出願明細書の実施形態を対比した結果、その先行文献に、あなたの発明と同程度の物性を示す物質が記載されている蓋然性が高いと判断さ れる場合。
 上述した発明の類型1では物性値を特定していない物一般は公知であっても、物性値を特定したその物は新規である必要があります。この場合、通常、従来法 とは手順や出発物質、製造条件等が異なる新規の製法を経ることで、特定の物性値を達成した物を製造しており、その新規の製法を、実施可能性の要件から出願 明細書に記載します。
 しかし、同じ製法、あるいはきわめて類似した製法によってその物を製造することが記載された先行文献があった場合には、その先行文献に記載の物も、測定 さえすれば同じ物性値を示すはずと推論できますので、この先行文献によってあなたの発明の新規性は否定されます。
 例えば、あなたの発明が「樹脂Lと樹脂Mとからなり、粘度15~25Pa.sを示す樹脂組成物」である時に、その明細書で、前記の粘度は樹脂Lと樹脂M を2:8~3:7の重量比で、特定の温度条件下混練する方法により達成可能、と記載しているとします。一方、先行文献gに、樹脂Lと樹脂Mを重量比2:8 で、同様の温度条件で混練して組成物を製造するとの記載があれば、組成物の粘度が明示されていなくとも、先行文献gによってあなたの発明の新規性は否定さ れます。先行文献gに記載の組成物の粘度を測定すればあなたの発明と同程度の粘度を示すと考えられるためです。
 このように物性の数値で特定された発明では、先行文献でその数値が明示されているか否かだけではなく、その数値を満足する物質が記載されているか否かと いう実体を判断する必要があります。

4.最後に

 前記(3-2)のように先行文献に物性値の明示がない場合には、新規性を楽観視しがちです。そのため明細書作成時に新規性に対する手当てが十分でなく、 その結果、権利化できなかったり、非常に狭い範囲でしか権利を取れなかったり、といったことが起こりがちです。
先行文献に明示がないと、判断者の知識や恣意によって判断の結果に大きな差がでてきます。このため権利化の成否が不透明になる傾向がありますが、この点 を逆手にとって、出願人側から積極的に新規性を立証、主張できるように明細書を作成しておくという姿勢が重要になります。有利な情報を事前に審査官に提供 しておけば、審査官の心証が肯定的になるためです。
この点で明細書作成時には、先行文献に記載された物質があなたの発明に関わる物性値を満足しない技術的な理由を十分に説明したり、先行文献に記載の物質 について実際の物性値を測定した比較例を掲載して問題の物性値を満足しない点を証明することが望ましいと思われます。
一般に、物性値の測定にあたっては測定時の方法や条件が異なると、測定の結果である測定値も変動します。従って、明細書には、誰がいつ測定してもその測 定値が一律に定まるように測定方法や測定条件を詳細に記載しておく必要があります。この記載が十分でないと、新規性の立証が困難になるとともに、記載不備 を理由とした拒絶・無効の可能性や、権利範囲を確定できず権利行使上でも支障が生じる可能性がでてきます。このため、第三者が測定すると物性値の結果にブ レが出るようなケースでは、物性値による発明の特定はお薦めできません。この観点からも、物性値で発明を特定する是非を検討すべきかと考えます。
                                                               以上

筆者履歴

大阪大学基礎工学部合成化学科修士課程を卒業。1997年より特許事務所に勤務し、1999年弁理士登録。2006年有古特許事務所に入所。高分子、有機 化学、無機化学、医薬、食品といった化学系の特許出願が専門。

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