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有古ニュース  2011.8


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■弁理士 岩城照彦

「i P S 細胞について」

1. はじめに

 2010 年11 月上旬において、欧州特許庁が提供するデータベースサイト(espa @ cenet)を用いて、『induced pluripotent stem cell(すなわち、iPS 細胞)』で検索をかけると、70 件の公報がヒットした(注80 カ国以上の国で発行された公報の中から、タイトルと要約中に、induced pluripotent stem cell を含む公報)。70 件の公報のうち、発明者が日本人であるのが、24 件であった。また、発明者がアメリカ人であるのが27 件で、ドイツ人であるのが6件、韓国人であるのが4件、中国人であるのが4件であった。
 なお、IPDL(特許電子図書館)で、iPS 細胞で全文検索をかけると、111 件の公報がヒットした。そのうち、特許として成立している(特許権として設定登録されている)のは、5件である。
 一方、米国立生物工学情報センター(NCBI《National Center for Biotechnokogy Information》)が公開している論文のデータベース(PubMed)を用いて、『induced pluripotent stem cell』で検索をかけると、1931 件の論文があった。
 これらの公報及び論文の中から、特許第4183742 号公報、特開2010 - 110289 号広報及びMatthias Stadtfeld and Konrad Hochedlinger. 2010. Induced pluripotency : history, mechanisms,and applications. Genes & Development 24 : 2239 - 2263 を基にして、iPS 細胞について、簡単に説明する。なお、以下の文章では、敬称を略す。

2. iPS 細胞とは

2-1 ES 細胞とiPS 細胞 iPS 細胞が樹立されるまでの間、再生医療を行うことを目的として、ES 細胞を用いた研究が行われていた(筆者が在籍していた派遣先の研究室でも、マウスのES 細胞を用いて、心筋細胞への分化の研究が行われていた《略歴参照》)。ES 細胞とは、受精後の胚の一部から取り出された細胞より作られる幹細胞(自己複製能と分化能を同時に持つ細胞。すなわち、自分自身を複製する能力と、異なる細胞《例えば、皮膚を構成する細胞や心筋を構成する細胞等》に分化する能力と、を有する。)をいう。したがって、ES 細胞は、理論上、すべての組織や器官等に分化することができる。なお、2010 年10 月には、ES 細胞を使って、脊髄損傷患者を治療する世界初の臨床試験がアメリカで行われており、また、11 月には、ヒトのES 細胞が国立生育医療研究センターで作製されている(国内では2例目)。
 一方、iPS 細胞は、体細胞へ数種類の遺伝子を導入することで、多能性(複数の細胞種を作り出す分化能力)を有するようになった幹細胞をいう。

2-2 iPS 細胞の樹立
(A)マウスのiPS 細胞
 まず、Yamanaka らにより、マウスのiPS 細胞の作製について報告がなされた(Takahashi andYamanaka 2006)。Yamanaka らは、この論文に先立って、24 個の候補遺伝子をマウスの細胞(正確には、繊維芽細胞)に導入すると、ES 細胞に似た形態を示すことを報告している(Tokuzawa etal. 2003)。そして、Yamanaka らは、この24 個の候補遺伝子から、4個の遺伝子(Oct 3/4、Sox 2、c- Myc、及びKlf 4 )を導入することで、iPS 細胞を作製することに成功した。
 しかしながら、このiPS 細胞は、ES 細胞と比べて、DNA 脱メチル化が不十分であった。また、胚盤胞期の胚にiPS 細胞を入れても、iPS 細胞由来の細胞を有するマウス(キメラマウス)が産まれなかった(一方、ES 細胞を胚に入れると、ES 細胞由来の細胞を有するマウスが生まれる)。
 次に、Yamanaka らによって作製された最初のiPS 細胞を改良したiPS 細胞の作製について報告がなされた(Maherali et al. 2007;Okita et al. 2007;Wernig et al. 2007)。これらの改良されたiPS細胞では、機能的によりES 細胞に似ている。さらに、最近では、100% iPS 細胞由来のマウスを作製することができることが報告された(Boland et al. 2009;Kang et al. 2009;Zhao et al. 2009;Stadtfeld et al.2010)。
 では、何故4つの遺伝子を導入すると、多能性を獲得するのか?専門的なことは、Meissner らの論文(Meissner et al. 2008)やJaenisch らの論文(Jaenisch et al. 2008)等から少しずつ明らかになっているが、ここでは、専門用語をあまり用いず、簡単に説明したい。
 ES 細胞の研究から、ES 細胞では発現しているが、体細胞では発現していない遺伝子がいくつかあることが分かっていた。ES 細胞で特異的に発現している遺伝子は、ES 細胞特有の性質を発揮するためのものと考えられていた(Yamanaka らは、ES 細胞で特異的に発現している遺伝子によって、分化した体細胞を未分化な多能性細胞へとすること(リプログラミング)ができるのではないかという仮説を立てた)。そして、ES 細胞で特異的に発現している24 個の候補遺伝子を導入する実験を行い、ES 細胞に似た形態を示す細胞を得、その中から4個の遺伝子を導入することでiPS 細胞が作製されたことは上述したとおりである(後に、c- Myc 遺伝子を導入しなくても、効率は低いがiPS 細胞になることがわかった)。
 すなわち、ES 細胞で特異的に発現している遺伝子を体細胞に導入して、導入した遺伝子が発現する(適切な時期に発現する)ことで、体細胞が多能性を獲得したということができる。
(B)ヒトのiPS 細胞
 ヒトのiPS 細胞については、Thomson らが、ヒトの繊維芽細胞に、4種類の遺伝子(Oct 3/4、Sox 2、Nanog、及びLIN28 )を導入して、ヒトのiPS 細胞を樹立した(Thomson et al. 2007)。また、Yamanaka らも、ヒトの繊維芽細胞に、4種類の遺伝子(Oct 3/4、Sox 2、c- Myc、及びKlf 4 )を導入して、ヒトのiPS 細胞を樹立した(Takahashi et al.2007)。
 このThomson らによるヒトのiPS 細胞樹立の報告とYamanaka らによるヒトのiPS 細胞樹立の報告は、2007 年11 月20 日に同日に報告されている。Thomson らの論文は、Science 誌から発表され、Yamanaka らの論文は、Cell 誌から発表されている。ちなみに、Thomson らの論文の方が、先に提出されているが、Yamanaka らの論文の方が先に受理されている。
 余談であるが、2つの論文が、特許出願であり、日本の特許庁に出願していたのであれば、Yamanaka らの方が先願ということになる(注:論文が受理された日を出願日と仮定した場合)。一方、Thomson らが、アメリカの特許庁(USPTO)に出願し、Yamanaka らが、日本の特許庁に出願していたら、話はややこしくなる。日本は、先願主義(先に出願した人が特許を受ける権利を有する)を採用しているので、日本では、Yamanaka らが先願となり、Yamanaka らが特許を受ける権利を有することとなるが、アメリカは、先発明主義(先に発明した人が特許を受ける権利を有する)を採用しているので、先にiPs 細胞を樹立した方が、アメリカにおける特許を受ける権利を有することとなる。
 また、ヒトのiPS 細胞の作製については、他にも報告されている(Park et al.2008 b)。
(C)他の種におけるiPS 細胞の作製
 マウスやヒト以外の種におけるiPS 細胞が作製されている。例えば、4つのYamanaka 因子(マウスやヒトのiPS 細胞を作製するときに導入する4つの遺伝子(マウスでもヒトでも同じ種類の遺伝子を導入している))を導入して、ラット(W Li et al.2009)やアカゲザル(Liu et al.2008)のiPs 細胞が樹立されている。

3. 医療への応用

 上述したように、ES 細胞については、臨床試験が行われたが、iPS 細胞については、まだ臨床試験が行われていない。iPS 細胞を作製するために、導入するYamanaka 因子のうち、c- Myc 遺伝子は、ガンを引き起こす原因になりうる(必ず、ガンを引き起こすということではない。)、ガン原遺伝子として知られており、c- Myc 遺伝子を導入したiPS 細胞では、ガン化が有意に高いことが確認されている。このため、iPS 細胞を用いて臨床試験を行う場合、ガン化を抑制することが問題となってくる。
 これに対してc- Myc 遺伝子に代えてL- Myc 遺伝子を導入したり(Yamanaka et al. 2010)、レトロウィルスベクターに代えてアデノウィルスベクターを用いたり(Stadtfeld et al. 2008)して、ガン化を抑制する手法が報告されている。
 また、ハンチントン病、パーキンソン病、1型糖尿病(一般に、成人病や生活習慣病といわれている糖尿病は、2型糖尿病。1型糖尿病は、自己免疫の異常が原因といわれている。)、筋ジストロフィー、ファンコニー症候群、ダウン症候群等の患者由来のiPS 細胞が作製され(Dimos et al. 2008;Park etal. 2008 a;Raya et al. 2009;Soldner et al. 2009)、これらの病気の原因の特定や新薬の開発を行割れることが期待されている。

4. iPS 細胞と特許

 現在のところ、日本で、iPS 細胞関連の特許は、上述したように5件である。そのうち、3件は、京大が取得しており、残りの2件は、株式会社豊田中央研究所が取得している。今後、どのような発明が、特許権を取得していくのか興味深いものである。

5. Refernces

  Boland et al. 2009. Adult mice generated from induced pluripotent stem cells.Nature 461 : 91-94. Dimos et al. 2008. Induced pluripotent stem cells generated from patients with ALS can bedifferentiated into motor neurons.Science 321 : 1218-1221.
 Jaenisch et al. 2008. Sequential Expression of Pluripotency Markers during Direct Reprogramming of Mouse Somativ Cells. Cell Stem Cell 2 : 160-169.
 Kang et al. 2009. iPs cells can support full-term development of tetraploid blastocystcomplementedembryos. Cell Stem Cell 5 : 135-138.
 Liu et al. 2008. Generation of induced pluripotent stem cells from adult rhesus monkeyfibroblasts.Cell Stem Cell 3:587-590.
 Maherali et al. 2007. Directly reprogrammed fiblobrasts show global epigenetic remodeling andwidespread tissue contribution.Cell Stem Cell 1: 55-70.
 Meissner et al. 2008. Dissecting direct reprogramming throurh integrative genomic analysis.Nature 454 : 49-55.
 Okita et al. 2007. Generation of germline-competent induced pluripotent stem cells.Nature 448 : 313-317.
 Park et al.2008 a. Disease-specific induced pluripotent stem cells.Cell 134 : 877-886.
 Park et al.2008 b. Generation of human-induced pluripotent stem cells.Nat Protoc 3 : 1180-1186.
 Raya et al.2009. Disease-corrected haematopoietic progenitors from Fanconi anaemia inducedpluripotent stem cells.Nature 460 : 53-59.
 Soldner et al.2009. Parkinson' s disease patient-derived induced pluripotent stem cells free of viral reprogramming factors. Cell 136 : 964-977
 Stadtfeld et al. 2008. Induced pluripotent stem cells generated without viral intgration.Science322 : 945-949.
 Stadtfeld et al. 2010. Aberrant silencing of imprinted genes on chromosome 12qF1 in mouse induced pluripotent stem cells.Natur 465 : 175-181.
 Takahashi and Yamanaka 2006. Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors. Cell 126 : 663-676.
 Takahashi et al. 2007. Induction of pluripotent stem cells from adult human fibroblast by defined factors.Cell 131 : 61-872.
 Thomson et al.2007. Induced pluripotent stem cell lines derived from human somatic cells.Science 318 : 1917-1920.
 Tokuzawa et al. 2003. Fbx15  is a novel target of Oct 3/ 4 but is dispensable for embryonicstem cell self-renewal and mouse development.Mol Cell Biol 23 : 2699-2708.
 W Li et al. 2009. Generation of rat and human induced pluripotent stem cells by combining genetic reprogramming and chemical inhibitors.Cell Stem Cell 4 : 16-19.
 Wernig et al. 2007. In vitro reprogramming of fibroblasts into a pluripotent ES-cell-like state.Nature 448 : 318-324.
 Yamanaka et al. 2010. Promotion of direct reprogramming by transformation-deficient Myc.Proc Natl Acad Sci 107 : 14152-14157.
 Zhao et al. 2009. iPS cells produce viable mice through tetraploid complementation.Nature 461 :86-90.

筆者履歴

京都府立大学大学院 農学研究科 農芸化学専攻 修士課程終了
食品添加物の研究・糖尿病や高血圧等のいわゆる生活習慣病の原因遺伝探索の研究補助に従事
2005 年 弁理士登録
2007 年 特許業務法人 有古特許事務所入所 現在に至る

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